
Pasta パスタ
2004年 9月
イタリア料理に絶対欠かせない食材と言えば、やはりパスタが出てきませんか?今回はそのパスタの歴史やルーツに迫ろうと思います。パスタの起源はもともとイタリアではなく、ギリシアやマルコ ポーロの持ち帰った中国のラーメンではないかという説を含め様々な説があります。古代ギリシアでは現在のラザーニャの原型が存在し、中国説は互いにメンだと言う事もありわかりやすいですが、古代ローマ説では当時麦を使ったお粥“プルテス”が存在し、野菜や肉を加えて食べていました。
これが後々のパスタにつながるものではないか?とも言われています。お粥とパスタではまったく別の食べ物に思えますが、パスタの語源はギリシア語のパステからきており、イタリア語で「食べられる糊」「栄養のある糊」という意味だそうです。そのうちこのお粥が吹きこぼれたりするのを見て、小麦を水で練って細かく切ったもの(タリアテッレの原型でしょうか)を入れるのを思いついたとも言います。そもそも「パスタ(pasta)」の語源は、動詞である「impastare」はこねるという意味であり、英語になると「ペースト(paste)」になります。つまりは小麦粉で練ったということで、麺状であろうと、団子状であろうと形はそれほど大事ではなかったのかもしれません。その後あまりパスタに進歩は見られませんでしたが、中世に入ってやっと小麦を団子状に練った「ニョッキ」(現在はジャガイモで練られている。)や「マッケローニ」が文献などでも出てきます。また現在「キッターラ」として伝えられているパスタは、ギターの弦でタリアテッレ状に切る麺ですが、これの正式名称は"maccheroni
alla chittara"であり、この頃から麺状のパスタが出てきたと思われます。ここに今の生パスタの元が現れてきましたが、最古の生パスタはリグーリア州のポンテルモーリで発明された「テスタローリ」と言われています。造り方はフライパンの上に生地を広げ、焼いたものを乱切りにして湯がくものでした。その後13世紀には詰め物パスタも現れラヴィオリが広く普及していたこと、15世紀には現在の手作りマカロニに見られるような、芯に棒を巻いて転がして棒を引き抜く、というショートパスタが文献や「デカメロン」(1348〜53作品。ボッカッチョ)にも紹介されています。
Pasta 乾燥パスタ
2005年 10月
乾燥パスタの発祥地についてはナポリやシチリアだったなどと様々な説があります。12世紀ごろのシチリアについての文献を見れば「線状のパートの一種であるイットリーヤを製造し、イスラム、キリスト教徒の国々へ輸出される」と残っており輸出されるからには乾燥しているはずなので、このころにはすでに発明されていました。ですがそれよりも古い文献がアラブに残っており、今ではアラブで作られてシチリアに渡ったという説が強いようです。「東方見聞録」のマルコポーロが中国から麺を持ちかえったという話しがありますが、これは今まで見てきた文献の中にマルコポーロの帰国以前のものもあるため否定されます。アラブでは砂漠を旅していた商人や兵隊は小麦が腐りやすいので、水で練って乾燥させて持ち歩いていたのです。考えるとチーズも同じようにこの地方で作られましたし、ワインの発祥も元々はこちらのほうです。いかにヨーロッパの食文化がアラブと関係しているかを知ることのできるエピソードです。乾燥パスタはこういった形で保存を目的として作られ、その後の大航海時代には船乗りなどの保存食料として用いられ、ジェノヴァを筆頭に世界への輸出が盛んになっていきました。一方では財産目録に登場するようにまだまだ高級品でもあり、ボローニャ大学のモンタナリ教授によると14世紀までパスタは一般的な食品では無かったと言います。このころの料理本を見ると味付けとしては、鶏のスープ、チーズ、バターなどのだしと、ナツメグ、シナモン、ハチミツといった調味料が見られます。14世紀まではまだまだ高級食材であった乾燥パスタも、ナポリ一帯で始められたデュラム小麦の栽培と温暖な気候での乾燥技術が向上したおかげで、ようやく庶民にも食べられるようになります。このころの料理書にはお湯の中で1時間茹でると記載されており、今のアルデンテの概念と随分違うものでした。ソースは今までの単純な材料を使ったものだけではなく、現在につながる劇的な変化が起こりました。それはトマトです。16世紀には冒険家達がメキシコやペルー高地からトマトやじゃがいも(ニョッキに使われるようになりました)を持ちかえりました。初めこそは疫病の原因であると嫌われていましたが品種改良が進むにつれ17-18世紀には、ナポリでトマトソースが使われるようになります。16世紀にパスタを押し出す圧力機械が発明され、パスタメーカーの会社ができたことにより生産量はさらに増え、パスタすでに高級品ではなくなりました。このころのナポリの絵には、手掴みでパスタを食べる民衆の姿が描かれています。まさに一大名物という感じです。1700年に80件あったパスタ屋が85年後には280件にも増えました。産業革命が起こり動力が蒸気に変わって、蒸気のプレスが1884年に、粉引きに関しても水車と石臼を使っていましたが、1878年に現在のパスタ材料であるセモリナ(荒引き小麦粉)を作る精製機が出ました。パスタの乾燥も1875年のディチェコの人工乾燥設備により天候に関係なく量産できるようになりました。こうしてパスタの生産は近代化により、大量生産へと向かうのです。そして20世紀に入ってから「ひも」を意味する「スパゲッティ(Spaghetti)」という名称がようやく現れます。それでも乾燥パスタの需要はかなり後まで南部に限られ、イタリア全土でスパゲッティが食べられるようになったのは実は20世紀中ごろになってからでした。今では日本を含め世界中で食されています。